命を献げて 「生活費を全部入れた」 マルコ12・42

2024/11/08

 2024年11月10日降臨後第25主日(特27) 聖餐式  逝去者記念の祈り

João Zeferino da Costa. 「寡婦の銅貨」1876年、ブラジル国立美術館

  今日は逝去者記念日。愛する人を想う日。愛する人の最期はどんなお顔をされていたでしょうか。その中でいつも印象に残るのは最期の日々に、体力も気力も限界にあって頑張っておられる姿です。 一緒懸命に神さまに命を献げておられるように感じます。 

 今日、イエスさまたちはラッパの形をした献金箱の前に座っています。金持ちが来て多くの銀貨を入れガラガラと大きな音がしていました。そこに一人の乞食のやもめがこっそり来て70銅貨2枚を入れてチリンと微かに音がしました。何の足しにもならない額です。しかしイエスさまは言いました「このやもめは誰よりも沢山入れた。生活費全部を入れたのだから。」

 この生活費という言葉は、「命」とも訳せる言葉です。命の全部を神に投げ入れたのです。

 どんな心境か。やもめは乞食です。1日1日を生きるだけで精一杯です。限界です。(サレプタの女のように)だから神さまが何とかしてくださると強く信じました。その日のメドはついたので感謝のうちに残りは全て神さまに献げたのではないでしょうか。「主よ、感謝します。私の命の全部を献げます。また明日、新しい命で養って下さい。」

 イエスさまご自身、罪の赦しのための十字架の限界にあて、頑張って自分の命の全部を献げられました。復活の命が新しく与えられることを強く信じていたからです。

 人生全体は一つの大きな献げものです。日々の小さな暮らしから、生死に関わる時まで、自分を愛してくださる神に命を献げるとき、私たちは神の栄光を映す神の似姿となります。自らを献げる人生こそ最も幸せな人生です。

 「み心にかなう供え物を献げ、また自らを献げて」聖餐式を祈りましょう。神さまは私たちに「献げる人生の幸せ」をくださいます。



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聖公会京都教区の司祭です。大津聖マリア教会勤務です。うつ当事者として自助グループ「マ・カタリーナ」の世話人もしています。リンクをご覧ください。

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