休日の信仰 「すべての心で」 マルコ12:30

2024/10/31

信仰 神の愛

2024年11月3日降臨後第24主日(特26) 聖餐式

ジェームス・ティソ「主と使徒たちの朝食」

信仰生活で最も大切な律法は何かと問われたイエスさまは、古代の祈りを引用して答えました。「心を尽くして神と人を愛しなさい。」

「心を尽くして」の原文は「全ての心で」です。神は人間の全てを愛する唯一の主。だからどのような心の状態でも、どのような日でも、神と人を愛しなさい、と。

神と人を愛す。この律法を最も意識するのが日曜日の聖餐式です。聖餐式ではイエスさまが私たちを愛して、ご自分の命を与えてくださいます。そして主の愛を意識して成し遂げようと頑張るのが、信徒の平日の生活でしょう。

でも頑張らない、働かない、または何の特別なイベントのない「信仰の休日」もあると思います。私は日曜日にむけて働きますので普通は月曜日が休日です。週休二日の方は土曜日でしょうか。または引退生活の方は、何かの活動から最も遠い、平日の昼下がりかもしれません。最も「頑張らない」、最も「信仰濃度」が薄い日です。

朝寝坊の日、買い出しの日、お風呂に入る日、テレビを見ているとき、ご飯を食べているとき、ご近所さんと立ち話をしているとき家族と食卓を囲むとき、電話しているとき、「遊んでいる」とき・・・

そんな「信仰の休日」のような日も「すべての心で」神と人を愛することが勧められています。神や十字架や教会からまったく関係ないような日にも、頑張らない愛し方で、神と人を愛するのです。

それが可能なのは、リラックスして「頑張らない」休日は、自分が何もしなくても生活の隅々にまで神が居て、隣人も含めて自分たちを愛して下さっていることを悟る日々だからです。この信仰が困難を超えて人を愛す力になります。

イエスさまの「信仰の休日」は、頑張って十字架の上で全人類の救いを達成したあと、復活して「おはよう」と言って弟子たちと共にいた日々です。もうそこでは命を与えようと頑張ったり、悪と死の力と戦ったりする必要はなく、何気ない静かな時間のなかで、ただ愛する弟子たちと共にいて、感謝して、賛美して、食事をするだけです。

「ハレルヤ、主と共に行きましょう」と送り出される先の休日で、休日の信仰を実践しましょう。

「休日にこそ私の愛を悟りなさい。その愛が、頑張らねばならない日に、あなたを力づける。」


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聖公会京都教区の司祭です。大津聖マリア教会勤務です。うつ当事者として自助グループ「マ・カタリーナ」の世話人もしています。リンクをご覧ください。

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