「あなたは、もうその人を見ている」ヨハネ福音書第9章37節
2023年3月19日 大斎節第4主日(A年)
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The Blind Man at the Pool of Siloam by Edmund Blair Leighton (1852-1922). |
障害や病気があると自然とその原因を探します。遺伝か、気質か、生活か、出来事か・・・。原因探しは「本人が悪い」「あの人は元々そういう人だ」という人格否定となりがちです。
今日の視覚障害者も、罪が原因だとされてきました。見えない目、暗い視界は、罪の暗闇のしるしとされ、物乞いをしていました。どれほど辛い生活か。
しかしイエスさまは、障害は罪ではなく神の働きが現れるためだと言われました。そして創造(創世記2:6,7)を彷彿とされるように、水(唾)で土をこねて目に塗り、目を開けたのです。これは新しい創造のしるし、イエスさまの復活のしるし、私たちの復活のしるしです。死に定められたこの世的な命から、復活の新しい命へと創り変えられる、再創造のしるしです。
私たちの障害や病気、老化や死さえも、神さまの働きが現れるためにあります。復活の日には全ては癒されるからです。
この人はどれだけ嬉しかったことか。暗闇だった目には、復活の光が満ちました。そして自分は、罪のしるしではなく、神のしるしとなったのです。
イエスさま自身、復活の目が開いて自分十字架を振り返ったとき、こう思われたのではないでしょうか。「あぁ、本当に、十字架の暗闇は復活の光が現れるためだったのだ」と。
そして復活の目が見たのは・・・普通の人でした。しかし声をかけられた瞬間、それがイエスさまだと悟りました。真実を観ました。復活の目によって世界を観れば、その何気ない日常のすべてにイエスさまを、神さまの働きを観るのです。
神さまどうか死ではなく、復活の命の目で、自分と世界に働くあなたを観させてください。