ある食卓で「うるさい」と思春期の入り口に立つ息子に言われました。ショックを受け、怒りました。(おそらく私が彼の心の境界線を尊重しなかったのが悪かったのでしょう・・・。)
イエスさまの母ときょうだいは、その何倍ショックを受け、悲しみ、怒ったことでしょうか。働き盛りの大黒柱である長男イエスが、30歳で家族も故郷も捨てて過激なカリスマ預言者の洗礼を受け、砂漠で修行し、自ら弟子を集めて、癒しと悪魔退治の旅を始めたのです。「汚れた霊に取り憑かれている」と噂されています。そこで家族は故郷に連れ戻すために、群衆が集まる家まで来たのです。
そこでイエスさまは外で待つ家族にこう宣言しました。「私の母、私のきょうだいとは誰か。」つまり「あの人らは自分の家族ではない」。外の家族はどれだけ怒ったか。そして、中で共に座っている人々を見つめて言いました。「見なさい、ここに私に母、わたしの兄弟がいる。」見つめられた人はどれだけ嬉しかったか。このイコンの様です。
家族は良くも悪くも運命共同体です。良ければ、喜びを二倍にし、悲しみを半分にする素晴らしい存在です。ですが悪ければ、自己中心的に結ばれて、自分の家族以外の他者への敬意を忘れてしまいます。例えば、子どもの喧嘩に親が出てきたり、実のきょうだい同士の対立や、女友達や男友達同士の喧嘩に、その相方の夫婦が絡んできたり…。
イエスさまはすべての家族を裏返しにされます。家族に先立って一人一人に呼びかけられます。「自分の家族を一度すべて止めなさい。そして一人一人を愛してやまない「父」を中心にすべての人を父の家族として捉え直しなさい」と。
「きょうだいよ、私があなたたちの長男だ。一緒に父に祈ろう。アッバ、父よ。」
イコン「キリストと修道院長メナス」 8世紀、57cm x 57cm アポロ修道院跡(エジプト)から発掘、ルーブル美術館蔵。