ひとを造り上げる祈り 「知識は人を高ぶらせるが、愛は造り上げる」(1コリ8:1、顕現後第四主日)

2021/01/28

最後の晩餐

パウロが批判したのは「どうせ偶像なんて嘘モノだから、偶像神殿での食事会に出てもいいじゃないか」と考えた「知識ある、強い」信徒。偶像崇拝から回心してきた「弱い」信徒がそれを見て躓くからだ。知識の自由で兄弟姉妹を躓せるな。知識より愛が肝心。知識は愛のためだと。

現代日本での偶像崇拝には寺や神社も含まれる。だが祈る心があるだけましだ。もっと酷いのが物質主義。祈る心を持たない、金銭と効率とレジャーを拝む文化だ。

この物質主義の偶像に対して、どう愛して守るのか。自分だけ「私は神を知っているから大丈夫」と知らんぷりして、大切な神の家族、または文字通り自分の家族を躓かせてはならない。その人のためにキリストは死なれた。その人の「弱い良心を傷つけて」再び「物質主義」の偶像崇拝へ傾けることは、キリストに罪を犯すことだ。(8:11-2)

神を知る知識は人を愛して造り上げて「なんぼのもん」だ。礼拝で神はあなたに宿り、あなたは愛の人になる。

物質主義に対して「人を愛して造り上げる」機会が毎日3回来る。食前の祈りだ。共に祈ろう。家族と祈ろう。兄妹と祈ろう。未信徒の前でも祈ろう。愛を込めて。どんな形でも良い。勇気を出して。手を合わせ、目を閉じ、十字を切り、無言で。信仰者だと知られている人の前では祈らない方が不自然だし、同席する信徒の躓きになる。そうして「弱い人」つまり世俗的な人を愛して神に「造り上げ」よう。

私も正直そんなことできていない。だが主イエスは私たちを見つめて言われる。「わたしは信仰が無くならないようにあなたのために祈った。」(ルカ22:32)

----------------

 

このブログを検索

そのほかのメッセージ

ラベル

復活 十字架 神の愛 聖餐式 信仰 祈り 聖霊 受肉 イエス 神の国 三位一体 癒し 赦し アッバ 悔い改め キリスト クリスマス 委ねる 恵み 救い 昇天 羊飼い 自分らしさ アブラハム ゲセマネ 兄弟姉妹 出エジプト 勝利 召命 変容 弱さ 悪霊 教会 洗礼者ヨハネ 神の子 解放 ぶどう園 インマヌエル ゲッセマネ 創造主 喜び 大祭司 奇跡 嫉妬 子ども 宣教 忍耐 悔い改め、荒れ野 悪魔 感謝 放蕩息子 洗礼 神の支配 自由 行い 過ぎ越し 陪餐 Being うつ かみのくに からし種 み名 み心 アダム イスラエル エリヤ ガリラヤ サマリア人 ザアカイ スキャンダル タラントン タリタクム パン裂き ピスティス ペテロ ペトロ マリア マルタ メシア ヤイロ ユダ ユーカリスト ラザロ 不安 不正な管理人 主の祈り 今ここに 仕える 伝道 信頼 偶像 共感 再創造 再臨 十戒 原罪 受容 受肉、似姿 受難 境界線 天国 奉仕 奉献 婚宴 安息 審き 希望 平安 幸せ 弟子 律法学者 従順 忠誠 憐れみ 懺悔 成就 戒め、山上の説教 承認欲求 招き 新しい創造 最後の晩餐 栄光 楽園 権威 歴史 毒麦の譬え 洗足式 清い 灰の水曜日 無力 父、三位一体 独り子 現存 生きる意味 病い 真理 礼拝 祝福 神の家 神の言葉 神殿 祭司 種蒔き 絶望 聖書 肉体 自己肯定 苦難の僕 裁き 見失った羊 覚悟 親密さ 観想 記憶 誓約 誘惑 誠実 譬え 財産 貧しい人 貧しい人、共有、復活 賜物 賢明さ 躓き 身代金 迫害 追放 重荷 障害 静けさ 食卓 飢え 養い

自己紹介

自分の写真
大津市, 滋賀県, Japan
聖公会京都教区の司祭です。大津聖マリア教会勤務です。うつ当事者として自助グループ「マ・カタリーナ」の世話人もしています。リンクをご覧ください。

日本聖公会京都教区 大津聖マリア教会

Wikipedia

検索結果

コメント

名前

メール *

メッセージ *

Tags

QooQ