ミヒャエル・エンデ「モモ」の表紙絵、(エンデ自身によるイラスト) 1973初版、1976日本語版出版、岩波書店。 |
名作「モモ」で、道路掃除人ベッポが極意を語ります。「長い道路を受けもった日は、おっそろしく長くてこれじゃとてもやりきれない、と思う。でも焦ってスピードを上げると息が切れて動けなくなる。いかん。次の一歩、次のひと呼吸、ひと掃きだけを考えるんじゃ。すると楽しくなる。そして気づいたら、おわっとる。」
愛も同じ。長い人生、完全な愛を生きようとしてもそれは「おっそろしく長くて、これじゃとてもやりきれない」。できるのは、ただ、今、目の前の人に「今の自分にできるすべて」を注ぐだけ。できれば、それを「楽しんで。」
主イエスは愛を「心を尽くし、精神を尽くし、思いを尽くす」と教えます。原語は「あなたの心のすべて、精神のすべて、思いのすべて」。今の自分のすべてを、何も出し惜しみせず、目の前の人に注ぐ。過去に引っかかったり、未来を心配したり、自分の限度を恐れたりしない。ただ今の自分を注ぎ、その先の自分は、その先で神から頂く。 過去はもう無い。未来はまだ無い。有るのは今だけ。今の自分のすべてを尽くすと、永遠の今に触れる。神の時が私たちに触れてくださいます。
主イエスさまはこう教え、こう生き、こう死なれました。主は私たち一人一人を見つめ「ご自分のすべて」を注がれます。そして私たちの罪と死を十字架で受け取り、暗い力を滅ぼし、復活の命を与えられます。出し惜しみせずに尽くしたからこそ、新しい命が始まったのです。
主はあなたに「ご自分ぜんぶ」を尽くして注がれました。そしてあなたをも「自分ぜんぶ」を尽くして注ぐ生き方に招いておられます。それは決して無理強いしない、自由に与える生き方です。楽しいものです。神の「今」は、無限に楽しいときです。