
断つ恵み (ルカ4:1)
「荒れ野の中を霊によって引き回され」
復活日まで40日間の大斎節、教会は荒野で断食されたイエスさまと一致して、「断つ」という「行」に入る。もちろん救いは人の業ではなく神の恵みだ。だが聖霊に変えられていこうとする努力を、神は必ず祝福される。自我の悪い欲望を断ち、魂をご自分の存在で満たされる。
3〜4世紀、迫害がなくなり信仰がこの世の価値観に迎合しはじめた頃、「砂漠の師父」と呼ばれた人々はイエスさまの「荒野の断食」をでった。街の生活を断ち、エジプトの砂漠に入り、孤独な洞窟で祈り暮らしたのだ。例えば、師父モーセスは言い残した。「断食を行うのは魂を謙遜にするためだ。『あえぎ苦しむわたしを顧み、全ての罪を赦してください』と。」
死と命、罪と神が隣り合う孤独の中、師父たちは逃げ場なく自我に向き合った。とめどなく湧く欲望と雑念と戦った。そこから生まれたのは、超人的な強い意志ではなかった。逆に、自我を断ち切れない意志の弱さを神に委ねる過程で生まれる謙遜さと柔和さと兄弟愛だ。断つことで神に満たされ、人は豊かに人間らしくなる。
大斎の荒野であなたは何を断ち、神に満たされるか。食生活など身近なことならなお良い。自我を断って捧げる時、聖霊があなたを変える。