
にじんだ星
「星を数えることができるなら」(創世記15:5)
上を向いて歩こう
にじんだ星を数えて
思い出す 夏の日
一人ぽっちの夜
永六輔さんいわくこの歌詞の背景には、60年安保闘争が挫折し、夜道を泣きながら歩いた体験があるそうだ。平和の理想が現実に躓き、孤独に泣いてうつむく夜、何とか涙がこぼれないよう上を向き、にじんだ星の慰めを数えている。
アブラムの数えた星も涙でにじんでいたのではないか。古代人にとって子が無いことは、社会的・経済的な弱さと、神に見捨てられた不毛さを意味した。神の約束を頼りに故郷を出たのに、不毛な現実をさ迷い、うつむき泣いていた。
彼に神は言われた。「上を向いて星を数えよ」。そして涙でにじむ星を一つづつ数え続けた彼に神は言う。「あなたが数えるにじんだ無数の星の様に子孫を与える」。彼はこの不可能を信じた。そして旧約の民と、新約の民の私たちとして、彼が数えた無数のにじんだ星は実現した。
イエスさまもまた、磔刑への道を泣きながら歩いたのかもしれない。天の父を向いて、あなたと私、というにじんだ未来の弟子を数えて。
天を向いて、歩こう。にじんだ、星を数えて。