
沖縄の米軍の経費を払う「思いやり予算」の様に、ユダヤの民は支配するローマ軍を養う税金を納めていた。まして納税する銀貨には皇帝の肖像が忌ま忌ましくも「神の子、大祭司」と銘打たれ、刻まれている。これは主(ヤーウェ)以外の者を神とし、偶像礼拝を禁じた十戒違反だ。ユダヤにはいつも革命の火種が燻っていた。
この願望を利用して敵は罠を仕掛けた。「納税に賛成か反対か。」賛成なら十戒違反で民の支持を失う。反対なら反逆罪で死刑。しかしイエスは銀貨を手に言う。「銀貨の肖像と銘は誰のものか」「皇帝のものは皇帝に返せ」。革命だと騒ぎ立てて愚かに命を落とさず、納税せよ。
しかし次が真に革命的な言葉だ。「神のものは神に返せ」。神の肖像が刻印された銀貨、神が自分に似せて創造した存在、それは人間であるあなた。あなたの命、生涯、人間関係、自由の内に神はご自分を刻んだ。だからあなたは迷わない。神のものである自分を神に返そう、と。
「難しいことだ」と言い訳する私たちに先駆けてイエスは自分を神に返し切った。赦しの十字架と正義の証明である復活によって、全人類担って神に返し、神の支配の革命を地に来らせる。それは軍事力ではなく、愛の力による革命だ。