
思い起こすと私の喜びの根源は、初めて入った教会の礼拝で「自分の人生をこれに捧げていいんだ」と思えた喜びです。皆さまの喜びの根源は何でしょうか。地味で連続的な喜びもありえます。あなたの内であなたを支える喜びです。
その喜びは自分で獲得したのではありません。主が与えられたプレゼント、宝です。宝は見つけたら心の中に大事に隠すもの。でないと世の思い煩いの姿で悪魔が来て、喜びを忘れさせて信仰生活をただの惰性と習慣にしてしまいます。だから大切に隠している間に畑を買って自分のものにします。自分の全てをこの喜びのために使い尽くして、宝を心に迎えるのです。
全てを売って自分の宝とした後は、宝を開いて味わい楽しみ喜ぶ人生です。本当の喜びとは、主イエスとの親しい関係です。この喜びに比べれば、どんな煩いも苦しみも色褪せます。主よ、どうかこの喜びを忘れる日々に思い起こさせて下さい。聖餐であなたを思い起こすように。