
足を洗う神は洗礼の神です。神は私たちの汚い心をごしごしと洗って下さる方です。「自分は手拭いのように汚れても、あなたを赤ちゃんのように綺麗にしてやりたい」と。
足を洗う姿は聖餐の神です。今夜は最後の晩餐の夜。神は信仰者の魂に触れる手段として、自ら儀式を定めて約束されました。エプロンを腰にまとったイエスは、自分の命と赦しを、パンとぶどう酒を通して、食卓の私たちに給仕し続けられます。足を洗い続けるように、黙々と養い続けられます。
そして手拭いを腰にまとう姿は、出エジプトの夜「腰帯を締めて」急いで過越の食事を食べた姿です。神は私たちの足を洗って備えます。「死から命へ、絶望から希望へ、罪から愛へ、過越の旅に出よう、一緒に」と。