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「あなたがたは地の塩である」マタイ5:13 (A年顕現後第五主日)
2017/02/05
形見の腕時計に触れるたび、時計の修理職人だった祖父に触れる気がします。日常生活を用いたイエスさまの譬えも同じです。きゅうりの漬物を食べ、野菜炒めに塩を振るたび、「あなたがたは地の塩だ」と言われた主イエスが思い起こされます。そして復活して今も近くにいるその存在に触れさせてくださいます。
塩の目的は塩自身ではありません。素材に塩味をつけることです。大地が育てた素材の味を引き出し、塩漬にすれば保存もできます。ただし、死海の塩はミネラル分が多く、それが店頭に並ぶ間に湿気で溶けると、塩味が悪くなるそうです。劣化した塩は売り物にならず、通りに投げ捨てられて踏まれるだけ。一抹の裁きの警告です。塩が塩気を忘れるな、と。
16節でこの「塩気」は、善い行いの実践とされます。人間関係という自然の素材に善い行いで塩味をつける。それが神の塩たる私たちの教会生活の目的です。言葉で信仰や教会を押し付けることではありません。何も求めないただ善い行い、柔和と平和の無言の実践。塩がこの善行の塩漬けに徹していれば、人間の素材は自ずと父なる神の味を熟成していく。そしてその素材の中から、父が輝き出します。
ほんの一さじでも、塩は自ら消えて素材全体の持ち味を豊かに引き出し料理を完成させます。イエスさまこそ地の塩だったわけです。