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「しつように頼めば、起きて来て必要なものは何でも与えるであろう」 ルカ11:8 (C年特定12)
2016/07/24
迷惑です。家族で雑魚寝をする狭い家の戸を、コンコン真夜中に叩く奴がいる。「誰だ。」聞けば近所の友達の声「旅人をもてなすパンがない。三つ貸してくれ。」「面倒かけるなよ。もう戸締りはしたし、起きたら家族皆を起こしてしまう。働き疲れてやっと寝たんだ。静かに寝かせてくれよ。」中からそう答えても外からはしつこく、コンコンコンコン戸を叩き続けやがる。「頼むよ、お願いだ。もてなすのはユダヤ人の義務だろ。お願いだ。パン3つでいいんだ。」その執拗さに負けて、ついに起きて与えてやった。
神とは真夜中に叩き起こされるこの友人のようだ、とイエス様は語られました。神学的には綺麗ではありません。全知全能の神は人間に動かされず、常に人間に先だって動くはず。しかし人間的には真実味がある譬えです。神に祈る時には決して簡単に諦めず、もっともっと執拗に、なりふり構わず、迷惑に思えるとも、恥を捨てて、勇気を持って、願い求めなさい。神はその執拗さを認めて必ず聞いて下さる、と。
求めて求めて戸を叩き続ける心に、聖霊なる神は来られます。イエス様は命の道を執拗に求め続け、十字架の絶望で一度戸が閉められても、願いが聞かれて復活しました。同じです。神はあなたにもっと「執拗」に求めて欲しいのです。