
私と妻に息子が生まれて同じく三日経った頃のことです。当時私は過労によるうつ病で半年間休職し、実家で療養していました。使命感が強かった私は、赴任地を離れざるをえなかったことを「失敗だ、敗北だ」と受け取り「こんな自分は何の役にも立たない」と勝手に自分を責めて、苦しみの奴隷の様になっていました。
そこに命が生まれて目の前でスヤスヤ眠っている。その存在感は紛れもなく神の恵みでした。私は神さまと話しました。「あなたは私たちに、しかも具体的に今ここでうつ病に苦しむ私たちのもとにこの子を生まれさせて下さいました。この恵みで十分です。私は新しく生まれ変わります。」
神は単に人間となっただけではありませんでした。もっと具体的に「神の律法を実行できない」という奴隷状態にあったユダヤ人の苦しみのもとに生まれてこられました。律法の奴隷となったイスラエルを解放して神の子にするため、子なる神自らが奴隷となられたのです。そして「アバ父よ」と父に祈って父の心を生き抜いて死に、そして復活した。その生き方で、奴隷を内側から新しく生まれ変わらせたのです。
あなたの具体的な苦しみのもとに生まれ、その苦しみを共に生き抜く、それが受肉の神です。