
しかし神はマリアを助けて親しい友を与えます。祭司の家の老婆、エリサベトです。不妊に苦しみ老いた後、奇跡の子供を宿したと天使がマリアに伝えます。それでマリアは、孤独を追い払うように「急いで」エリサベトの家に向かいます。自分達には同じ神が働いていると確認し、神との絆を感じたかったのかもしれません。
驚くことに、まるで放蕩息子の帰りを走り出て迎えた父のように、エリサベトの胎の子は挨拶を聞いただけで喜び跳んだのです。そして聖霊に満ちた預言者としてエリサベトはマリアに神の祝福を宣言します。「あなたは女の中で祝福された方。あなたにこそ幸せはあるんだよ」。
これを聞いたマリアはどれだけ嬉しかったか。どれだけ力づけられたか。そして私たちもここで力づけられていいのです。処女懐胎、我が子の死刑そして復活、という神の不条理を目撃していくマリアは、ここで聖霊の祝福によって親愛の絆をエリサベトと結びました。この二人こそ、身近な自分の肉体を通して救いを知っていく私達、教会の初めなのです。