
時代は男だけが勝手に女を離縁した聖書時代。論敵はイエスを罠にはめたい。場所は、弟を離婚させてまでその妻を自分のものにしたヘロデ王の領地。王の悪を批判したかどで洗礼者ヨハネは処刑されています。一言でも口が滑ればイエスの首が飛ぶのです。
そこで敵は離婚の根拠を問います。「離縁状があれば良い」という律法の抜け穴も提示します。しかしイエスの反撃は、結婚の聖なる根拠を宣言します。創造主なる神が人を結びあわせたのだから、人は離すな、と。
人はその欠点ゆえに離婚し互いを傷つけます。しかしその欠点は結婚の尊さや離婚の重さを変えません。なぜならあなたではなく神が、司祭のストールのように、あなたを相手と一体に結びあわせたからです。ちょうどイエスとあなたは一体のように。
離婚の痛みと結婚の祝福は、両方イエス様の胸の内にあります。罪は悔い改めればよい。神は赦しと祝福をあなたに授けたいのです。