
「誰が一番偉いか」と大人の間で地位を争っていた弟子達はぶったまげたでしょう。そして後々その意味を知ったのです。何の地位も価値もない子供の「後になり」、「仕える者になりなさい」ということの意味を。
仕える、とは何でも言うことを聞く、ではありません。その語源は「食卓で給仕する。」言い変えれば「命を養う」です。自分の食料と時間と体力を差し出して、その人の命を養い、命を与える。まるで保育士が子供に食事と愛情を与えて養うようにです。
価値ない存在に仕えて自分の命を与える。それをイエス様は十字架上でしてくださいました。罪を選んで何の価値もなくなった人を救う身代金として、自分の命を与えたのです。命をもって罪人に仕えたのです。