「えー、どうしよう。わたしは本当に新たに生まれたんだろうか? 聖人みたいにドラマチックで神秘的な体験も無いし、日々の生活から見ても自分は変わったようにも見えない。わたしは神の国に入れないどころか、垣間見ることもできないんだろうか?」そう不安で自信を失いがちなのは、わたしだけでしょうか。そして暗闇に、誰にも見られないようにしか主イエスさまに近づけないこの老ニコデモ翁に親近感を感じてしまいます。
しかしそんな体験至上主義とその反動の自信のなさに陥る人間に、イエスさまは明確に宣言されます。「あなたはもうすでに新しく天から、聖霊の力によって生まれたんだ。どう生まれてきたのかという体験自体より、復活したわたしの力によって、もうすでに今ここで新しく生まれた者になっている、その事実の方が大切だ。結婚式の体験より、結婚で神に結ばれた事実を今日も信じて生きる方が大切なのと同じ。信じてくれ。あなたはわたしの内にもうすでに新しく生まれたんだ。」大切なのは体験ではない。自分の体験を誇る者は「肉から生まれた者。」むしろ「霊から生まれた者」は自分の体験より「今ここで」での神の働きを信じる。聖霊の働きは個人の体験として生け捕りにできない。聖霊は神さまの自由に従って働くからです。小さい人間の存在を吹き抜け、人知を超えて、あなたを救いの手足として用います。
自分の知る体験よりもっと大きく働く聖霊に、自分の人生と生活を見直し、新たに生かしてもらおう。