
「あなたの親友は誰ですか。」そう聞かれれば、誰の顔を思い出しますか。すでに天国にいるあの人でもよいでしょう。一番の親友、何があっても、どれだけ時が経っても続く友情の相手です。
わたしは友達が少ないのですが、一人の顔が思い浮かびます。中学卒業後わたしたちは全く違う道を歩みました。しかし今でも酒を飲み交わせば、心はすぐに無邪気な野球少年の頃に帰ります。
神学校に行く前の若い日々、わたしはある人との関係で前にも後ろにも行き詰まり、もう自分で自分を立て直せなくなっていました。誰にも言えず途方に暮れていたわたしが助けを求めたのが彼でした。彼は電話一本で彼は車で駆けつけてくれて、文字通り荷物をまとめ、わたしを地獄から助け出しくれました。わたしは返しきれないほどの恩を受け、彼の友情の力強さを感じました。
正直わたしは彼のために何かをした記憶がありませんでした。でも彼は先にわたしを親友と思って行動してくれたのです。親友とは相手を自分の様に大切に思って動くことで生まれるものです。
イエスさまは親友としてわたしやあなたを思って動きました。どれだけ恩知らずでも関係ない、まず自分の命を先に十字架上で投げ出し、わたしたちを神の命の危機から助け出したのです。そしてこう呼びかけます。「オレたちずっと親友でいような。何があっても、、、な。」
そしてわたしはそんな友情に忠実に応えたいと願います。「よし、この人の友情に少しでもお返しよう」と。