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「あなたがたより先にガリラヤに行く」マルコ福音書第16章7節 (B年復活日, )
2015/04/05
喜ぶべきこの復活の知らせを最初に聞いた女性達は、ショックと恐怖で逃げ出してしまいました。命の喜びを告げ知らせるどころか、復活を信じられず、沈黙してしまったのです。「イエスさまは殺されたはず、、、きっと呪縛霊だ。怖い。」
不信仰なことに、復活を祝うわたし自身も、復活を信じきれず沈黙してしまう時があります。特に親しい人の死に面する時。「ああこのまま亡くなってしまう、もう終わる、、、ああ悲しい、辛い、、、」と。
もし死が最後なら、現れるのは亡霊です。だから恐ろしい。マルコ福音書はこう終わります。「彼女達は恐ろしかった。だから、、、。」全員が不信仰で沈黙してしまった。ペトロたちも女たちも皆、信じられずに逃げた。だから、残ったのはこの物語を聞いているあなただけ。だから、、、主の復活を証しするのは、あなた自身です、と。
亡霊と復活の違いは相手を知っているかどうかです。ガリラヤで弟子にして頂き、多くの言葉で語りかけて下さったあの愛しい先生は、主の晩餐でこう言いました。「復活したら、わたしは先にガリラヤへ行く。そこでまた会おう。裏切りも不信仰も赦すから、必ずそこに来るんだ。」このイエスさまの約束が、生前のイエスさまと復活後のイエスさまをつなぎます。そして未知の亡霊の恐怖は、再会の希望に変わるのです。
イエスさまは復活して、今も生きている。死が最後ではなくなった。だからわたしたちも自分のガリラヤへ行こう。そこで主に会える。必ず。