
また、今日は会衆全体が受難物語の登場人物の言葉を朗読します。そして最後に会衆全体で「十字架につけろ!」と叫びます。衝撃的です。棕櫚を手にイエスさまを喜び迎えたわたしたち群衆は、四日後には手のひらを返し、信仰を捨て、イエスに「死んで欲しい」と願ったのです。
ここには弟子の罪と人の悪の全てが現れ、無防備なイエスさまに牙をむきます。ここには弟子に裏切られ、全ての人間に見捨てられ、神にさえ見捨てられたように苦しむイエスさまがおられます。ここには苦しむ神の姿があります。人の罪を受けて人を罪から救うため、自から見捨てられた人として殺される、そんな神の姿です。
ただわたしたちは、これが話の最後ではないと知った上で受難物語を聞いています。その後イエスさまは復活し、ペトロとガリラヤで再会する。そこで裏切りの罪を赦して頂き、ペトロは人が変わる。再び弟子となり、新たな歩みを始める。裏切りの後悔を知るペトロは、今度は勇敢に、復活信仰を語り伝えて殉教死した、と。
この裏切りと苦しみの物語を伝えられる人は、復活の主に赦され新しくされた人。それは今日、主の苦しみを最後まで聞いた、あなたです。「あなたは今日、わたしの苦しみを最後まで聞いた。今度はあなたが、ペトロに続く証人となってわたしの苦しみを語り継ぎなさい。わたしの苦しみこそ、あなたがたの命を救うためのものなのだから」