二人の目が開け、イエスだと分かった (復活節第三主日、ルカ24.31)

2014/05/04


 
  「聖書は退屈、難しい」と言われる説教ほど、悲しいことはありません。境目は、聖書がただ説明されているだけか、それとも聖書を通して「今ここにいる」わたしに、復活者イエス様が存在感をもって現れ、語りかけて下さるかどうか。
 聖書を通して語りかける復活者は、聞く人の「心を燃やし」(32節)、「一緒にお泊まり下さい」(29節)と無理に引き止めたくなる、魅力ある存在です。この存在を感じないので退屈なのです。
 エルサレムで救い主が殺され、新しい命への望みを失った弟子二人は、とぼとぼと暗い顔でエマオの家へ帰るのでした。退屈で暗く、何の代わり映えもせず、神の存在など感じることもない元の生活へと帰る道。弟子には「救い主は受難の後、復活する」という御言葉の意味が分からなかった。だからイエスさまが一緒に歩いて下さっていても、誰か分からなかったのです。
 しかし復活者イエスさまは、聖書の意味を開くことで、弟子の心の目を開きます。この開眼が完成するのは、ご自分の命を与えた愛のしるしである「パン裂き」つまり聖餐によってでした。
 今もイエス様は礼拝の中で、心の目を開き、ご自分を現し続けておられます。人が勝手に礼拝を捧げているのではない。主イエスさまが礼拝のうちにあなたに働きかけているのです。聖書と説教を通して語りかけ、パン裂きを通してあなたにご自分の命を与えようとされるのです。

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聖公会京都教区の司祭です。大津聖マリア教会勤務です。うつ当事者として自助グループ「マ・カタリーナ」の世話人もしています。リンクをご覧ください。

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