「ヤイロの娘を起こす」エドウィン•ロング 1889 ビクトリア美術館、バート、英国 |
タリタクム、私の小さい娘よ、さあ起きよう
(マルコ福音書 5:41私訳 )
大好きな「ヤイロの娘」の個所です。このページだけをコピーしてポケットに入れていれば安心します。復活信仰の大いなる慰めがしみ出してきそうな、福音の珠玉の断片です。
神学館卒業後1年目から教会と保育園を任せられたわたしは、とうとう三年目に過労で精神病を患い半年間休職しました。「うつ」は本当に苦しい。はやく起き上がって復職し、教会と保育園のために働くべきなのに、体も気持ちも言うことを効かない。悔しい。情けない。無力。自分は駄目人間、失敗だと感じる。
どうしても自分で起き上がることができない。喜びなんて消え去り、朝一番で「しんどい、元気になりたい」とつぶやくのが唯一の祈りだったころ、このマルコ5章を思い、「タリタクム」とつぶやいて、イエス様が自分にそう言ってくれ日を待ち、「タリタクム」のメロディーを口ずさんでは泣けてくるのでした。
病と死と罪、この世の人間のどんなギリギリの苦しみに絶望していても、イエスへの信頼を一瞬一瞬延長していく者に神は必ず語りかけ、起き上がらせる。人の理解を超えた形で。
「タリタクム、わたしの小さい娘よ、さあ起きよう」と。それが今のわたしの、復活信仰です。